二十八歳のMさんの最初の転職は、駅で偶然大学時代の友人Fさんに出会ったことがきっかけだった。久しぶりの対面を喜んだ二人は旧交を温めようと、さっそく飲みに行くことになった。始めのうちは昔話に花を咲かせたが、酒が入ると会話は自然に仕事のことになっていく。そしてしばらく話すうちに、MさんはFさんの勤めているA社が住んでいる自分のマンションの目の前、玄関を出てから三分かからない程近くにあることに気が付いた。
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その時、Mさんは通勤に片道一時間二十分をかけていたので、思わず口から、「通勤時間三分だったら転職しようかな。もしA社で経理職のクチがあったら敦えてくれよな」と、言ってしまった。まさか、それが実現するとは思わずに。一週間後、Fさんから連絡があり、何となくではあるがA社の人事に会うことになってしまった。それほど真面目に転職しようと思っていたわけではないものの、実質通勤時間ゼロのA社には興味があった。話を聞いてみると現職の会社と大差ない勤務条件で、それならとすっかり乗り気になったMさん、アツという間に転職を決めてしまった。実際に勤めてみると、Mさんが考えていた以上に一日二時間半の時間の余裕は大きく、入社当初は転職に大満足していた。ところで、Mさんの転職を助けたFさんにとっても、Mさんの入社は大歓迎だった。Mさんは独身の独り暮らしで、気軽に泊まりに行くことが出来る。残業や飲み会で遅くなった時など、頻繁にMさんのマンションに転がり込むようになり、入社後三ヵ月目には合い鍵を作って自由に出入りするようにさえなっていた。